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伝助の梅の花

素晴らしいイラストをありがとうございます^^
※イラストの転載は禁止します※


<あらすじ>
かんざし職人の伝助(でんすけ)は茶屋の娘、お梅(うめ)に恋をする。
思いを伝えることもできず悶々として、生業であるかんざし作りも手につかなくなっていた。
そんな伝助のために、常連客の丹治郎が一肌脱ぐと言い出して……。


(おいらみてえなシケた面の野郎に、あの娘がなびいてくれるわけねえよなあ)
 四畳半一間(よじょうはんひとま)の長屋。茶屋の看板娘の笑顔を思い浮かべ、伝助(でんすけ)はため息をついた。「いらっしゃい」の声が今も耳に残っている。
江戸の裏長屋に越してきてふた月。生まれてから十八年目にして初めての恋であった。
だが、それは儚い片思いである。前髪を落としてから二年ほど経つが、生来の引っ込み思案は未だに治らない。世のいい男に比べ見劣りする顔立ちであることが、伝助の心を押し留めていた。
(芝居小屋の花形役者のようないい男だったら苦労もねえだろうな……)
それをしみじみ思うのは、恋い慕う相手の器量の良さである。お梅(うめ)というその娘は、梅花のようにつやつやとした唇に、きめの細かな白い肌をしている。流行の浮世絵のおなごをこの世に連れてきたような出で立ちだ。
 おまけに働き者である。お梅の家は茶屋を営んでおり、伝助が住む長屋の表店になっていた。小袖をたすきがけにして、くるくると独楽鼠(こまねずみ)のようによく動く。客に振りまく笑みは華やかであたたかい。その笑みを初めて見たときから、とりこになった。
近頃の伝助は茶屋に入り、団子を一本頼んでお梅の姿を追う日々を送っている。だが、いざ娘と目が合うと、うつむいてしまう。いつか話をしてみたいとは思っている。
けれど、それができずに今日も長屋でもやもやとしていた。
伝助は自分の手の中にある作りかけのかんざしを眺める。父の元でこつこつ、かんざし職人としての腕を磨き、かんざし職人の印をかかげて一人立ちするまでになったが、近頃はめっきりやる気が出ない。
「邪魔ぁするぜ」
 何度かため息をついたとき、常連客の丹治郎(たんじろう)がやってきた。派手な色合いをした市松模様の着物姿で土間縁に腰掛ける。丹治郎は伝助とは対照的に垢抜けした色男だ。伝助がこの長屋に越して来てからひいきにしてくれている。日ごろ内気で、仕事のこと以外で人とあまり触れ合わない伝助の数少ない友となっていた。
「おう、精が出るねえ。新しいのはそいつかい?」
「あっ……」
丹治郎は伝助の手にあったかんざしをひょい、と取り上げる。じっくりと眺めていた彼はううん、と唸った。
「こんところ質がまばらだな」
 丹治郎は手にした玉かんざしを畳の上に放った。髪に挿す部分が少しばかり歪んでいる。これでは髪からすぐに抜け落ちてしまう。伝助は黙ってそれを拾い上げた。近頃、伝助のかんざしにはそういった粗が目立つ。ゆがみや、色のむら、僅かなひび割れ。今までこんなことはなかった。
「何かあったんだろ。おめぇがこんな失敗ばかりをするなんざ」
「そんなこと……ねえさ」
「ははあん、さては恋わずらいだな?」
 さも面白いものでも見るように、丹治郎は伝助の顔を覗き込んできた。伝助はかんざしを握り、顔を背ける。頬と耳が熱かった。その応対に丹治郎はにやけた。
「図星じゃねえか。おう、お相手ぁ、どこの子だい」
「そ、そんなの言えねえ」
「何、誰にも言わねえから。それに俺とおめぇの仲じゃねえか」
 丹治郎は伝助の肩に腕を乗せた。伝助は調子の良いこの色男の顔をちらちら伺う。
「本当に言わねえか?」
「もちろんだ」
 丹治郎が頷く。小さな声で伝助は言った。
「表の茶屋のお梅さんだ……」
 丹治郎は一瞬、目を丸くする。そのあと、いつもの調子のいい顔に戻って一言、へえと呟いた。伝助の顔はさらに赤くなる。自分とは釣り合わないとよく分かっていた。わかっているが、気持ちは抑えられないのである。
最初はそれこそ、見ているだけでよかった。声を聞くだけで。今は違う。きちんと話をして思いを伝えたい。
「てえことはあれかい。このかんざしもお梅への手土産かい?」
「そ……そうだ……わ、悪いかよう」
赤い玉がついたかんざしには、柄の部分まで朱が塗られ、艶やかな梅があしらわれている。こういった派手なものを伝助はあまり作らなかったが、明るいお梅に合うと思ったのである。だが、伝助自身、あまり納得のいく出来ではなかった。丹治郎は言う。
「あの娘はそんな派手なもん好きじゃねえぜ。もっと、こう、しっとりしたのがいい」
「ど、どうしてそんなこと知ってんだ!」
「へ? この俺を誰だと思ってる。町のおなごについてはちょちょいのちょいよ」
丹治郎が伝助のかんざしを買いに来るのは、親しくなったおなごに贈るためである。両手で数えられないほど贈る相手がいるのかと、伝助は感心していた。
「そうだ、俺が人肌脱いでやらぁ。おなごを口説く手ほどきをしてやる。どうでえ」
 伝助は目の前がぱあっと明るくなった。人当たりもよく、おまけにおなごにも好かれる丹治郎から手ほどきを受けるなんて願ってもない話である。
「おいらでも……好いてもらえるような男に、なれるか?」
「おう、任しとけ! そうと決まれば善は急げだ。湯屋(ゆや:銭湯のこと)へ行くぞ。それから髪結い床(どこ)で頭を整えるんだ。おなごは垢(あか)抜けした男が好きだからな。小汚いのはご法度だぜ」
 へえ、そうなのか、と伝助は感嘆しながら支度を整えた。


 江戸の町には湯屋が多い。その中の一つで汗を流すことになったのだが、湯の熱さに伝助はたまらず飛び出した。久々だからというわけではない。江戸の風呂はどこもまるで煮え湯かと思うほど熱いのである。しかも湯船の入り口は低く狭くなっていて、湯気がこもる。熱気浴を楽しめるようになっているから余計に熱かった。
湯屋の表で丹治郎を待ちながらひとり呟く。
「よく、あんなに熱い湯によく長えこと浸かっていられるなあ……」
「何言ってんだい。俺は日に三度はあの湯に浸かってるぜ」
 すっきりとした様子で丹治郎がのれんを分けて現れる。
伝助はあんぐりと口を開けた。
土地柄、砂埃が舞うものだから皆、体に付いた埃を落とすために入浴するのである。伝助は長屋に篭って仕事をすることも多い。二日に一度、入ればいいと思っていただけに目から鱗だったのだ。
「ふう……垢抜けた男になるのも、楽じゃねえんだな」
「もう根を上げちまったのか?」
「ち、違ぇよ! 思ってたより大仕事なんだと思っただけだ!」
 大声を上げると、めまいがして、足元がふらついた。おっとっとと、通りの柳の木にもたれかかる。少しのぼせてしまったらしい。
「おいおい、大丈夫か。今から髪結いに行くんだぞ」
「へ、平気だ。ちょいとふらついただけだから」
 こんなことでへばっていたら、丹治郎のようにはなれない。伝助は気を引き締め、湯屋を後にした。
髪結い床では、不精して生えてきていた月代(さかやき)の毛を剃ってもらい、髷(まげ)を結いなおしてもらった。それに薄く伸びた顔のひげも丁寧に剃られ、印象がぐっと明るくなる。
「いいじゃあねえか、男前だぜ」
「おいら、どんな風になったのかよくわかんねえんだけど」
 ただ、顔の毛を久し振りに剃ったせいか、顔に当たる風が心なしか冷たく感じる。少し落ち着かない。
「あとは着物と履物だな。そんな草鞋(わらじ)じゃあ格好がつかねえ」
「ま、まだいるものがあるのか……」
 伝助は深くため息をついた。


 身幅が細く見える、はっきりとした縦縞(たてじま)模様の着物を着て、新しい雪駄(せった)を履いた伝助は茶屋の前に来た。丹治郎はすっかり一丁前になった伝助に助言をする。
「いいか、精一杯、笑うんだぞ。こう、にかーっとやってみろ」
「こ、こうか」
 言われたとおりに顔を動かすと、筋がぴくぴくと引きつる。苦しい状態だった。
「ちっと、ぎこちねえが……いいだろ。さあ、行って来い」
「ぇえっ! 一緒に行っちゃくれねえのか」
 伝助の顔がもっと引きつる。てっきり、丹治郎が一緒に来てくれるものとばかり思っていたのだ。伝助はみるみるうちに逃げ腰になり、一歩二歩と茶屋から遠のいた。
「何やってんだい。いつも店には入ってんだろ」
「そ、そいつはそうだけど……何を話していいのか、わからねえ」
「天気の話でもすりゃあいいだろが。ほれ、行って来い」
 どん、と背を押され、茶屋ののれんを分けて店の中に入っていた。
(ああ、ついに来ちまった!)
 おろおろとしているところに、花が咲いたような笑みを浮かべたお梅が寄ってくる。
「あら。かんざし職人の伝助さんじゃありませんか。ささ、今は空いてますから、好きなところお座りになって。それにしても、今日は随分と遅いんですね」
「あ、いやその……何というか、いい天気だったもんで……」
 次に何を言えばいいのか。そういえば、それ以上聞いていなかった。もごもごと口ごもる。お梅は不思議そうな顔をしたが、伝助の装いを見てぽんと手を叩いた。
「出掛けていらしたんですね。いい日和ですもの。注文はいつもので?」
「あ、いや!」
 ここで何か言わなければ。話をしなければ。開いた伝助の口は魚のように、ぱくぱくと動くだけである。
「や、やっぱりいつもので……」
「はい。少々お待ちになってくださいな」
 彼女は奥へと入ってしまう。その背を見送った後、伝助は頭を垂れた。
(駄目だぁ、ちっとも駄目だ。やっぱり丹治郎みたいにはなれねえよ……)
 それに酷い。ここまでやってくれたのだから、もう少し、手助けをしてくれたっていいのではないか。そうすればもう少し話せたかもしれない。様々な考えが頭の中を巡る。そのうちに頼んでいた団子と茶が運ばれてきた。
寒々とした伝助の心とは裏腹に、茶は温かく湯気が出ている。
「お待ちどおさま。ゆっくりなさってね」
 そう言って笑うお梅に、伝助は何も言うことが出来なかった。頭を下げることしかできない。
 いつもと変わらず団子を食って、茶を飲んで、意気消沈して店を出る。ずっと待っていた丹治郎と目が合う。色男はふうと、ため息をつくと何も言わずに伝助の肩を叩いた。その手を振り払い、伝助は長屋に戻る。看板を下げ、ぴしゃりと戸を閉めて、つっかえ棒をして、四畳半にごろりと寝転ぶ。
 もう何もする気にならなかった。
 作りかけていた派手な梅のかんざしが目に留まる。
『あの娘はそんな派手なもん好きじゃねえぜ。もっと、こう、しっとりしたのがいい』
 丹治郎の言葉がよぎる。
(ええい、こんなもの!)
 意味のない、見た目ばかりのかんざし。自分と重なるような気がして、見ているだけで苛立った。伝助は囲炉裏(いろり)にかんざしを投げ込んだ。


 それから伝助は抜け殻のような日々を送っていた。長屋の中は万年床になっている。そこで一日中寝そべっていた。口元や顎の周りには不精ひげが生えはじめ、青みがかかるように綺麗に剃ったはずの月代は、不揃いの雑草のようになっている。かんざしの細工をするための道具はほったらかされて、ほこりをかぶっていた。
することといえば、飯の買出しくらいだが、それに必要な銭も、かんざし作りを怠っていたせいで底をついている。そのことすら伝助にはどうでもよくなっていた。
「おい、伝助。居るんだろう」
 戸の向こうでよく知った声がする。丹治郎だ。ときどき様子を見に来る相手を伝助はことごとく居留守を使って無視していた。
「今日はお前ぇにいいもん持ってきてやったぞ」
 なんだ今更と、伝助は思う。布団をかぶり、このまま寝てしまおうとしたとき、とんでもない言葉が耳に入ってきた。
「聞いて驚け、いもりの黒焼きだ。聞いたことぐれえ、あんだろ?」
 いもりの黒焼きは惚れ薬である。知っていた伝助は、布団の中で心臓の音がいやに大きく聞こえていた。
「ここに置いておくから、お前ぇの好きなように仕込みゃいい。まあ、無理に使うこともねえがな」
 言い終わるとすぐに、丹治郎の下駄の音が遠のいていく。伝助はゆっくりと布団を捲った。まだ心臓の鼓動は大きい。草鞋を履くと、土間に降り、つっかえ棒を外して、そっと戸を開ける。小さな巾着包みが置かれていた。中には黒い粉が入っている。今まで嗅いだ事の無い、なんとも言えず生臭い匂いがした。
(こいつを使えば、お梅さんが振り向いてくれる……)
 今までのようにどうやって話そうかなどと難しいことを考える必要もない。どうにかして口に入れてもらえるようにさえすれば、向こうから振り向いてくれるのだ。それは、何よりも容易いことである。伝助の胸が高鳴った。
 ではどうしたらこれを飲んでもらえるのか。考えた末、自分がいつも口にしている粟(あわ)で餅を作ることを思いついた。その中にいもりの粉を入れて、お梅に渡せばいい。
伝助は粟を蒸して、鉢に入れて何度もついた。いもりの粉を加えて、すりこ木で混ぜ合わせる。薄黄色の鮮やかな粟が、沈んだ色に変わっていった。
(これで、お梅さんがおいらの……もんになってくれる)
 こねて丸めた餅を、それらしく竹の皮に包み込む。それを懐(ふところ)にしまった伝助は唇の端をあげて笑った。お梅のような華やかさとは程遠い、いやらしい笑みで。
久し振りに表へと出て、茶屋の方へと向かう。伝助の心は高揚してまるで空を飛んでいるような気持ちである。もし彼女が自分に振り向いてくれたら何をしよう。どこへ行こう。そんな思いが胸をよぎる。
 渡すだけで自分の望みが叶う。その思いだけが伝助を動かしていた。茶屋ののれんを押し分けると、中はちょうど八つ時でにぎわっていた。
(渡すだけでいいんだ……渡すだけで)
お梅はいつものように仕事に精を出していた。伝助は懐に入れた粟餅を取り出す。そのとき、お梅がこちらに気づき、駆け寄ってくる。
「ああ、伝助さんいらっしゃい」
 いつもの華やいだ笑み。
 大好きな人の、大好きな表情。
懐の粟餅を取り出しそうとした伝助の手が止まる。今、これを渡してしまっていいのだろうか。確かにお梅には振り向いてもらえるのかもしれない。だが。それはまがい物だ。いもりの黒焼きの力によって無理やり作られたもの。
お梅の本心とは違う。
(おいらは、一体何をやっているんだ……)
 伝助は唇を噛み締めた。目頭が熱くなり、目の前が歪む。
「伝助さん?」
 お梅が気分でも悪くなったのかと、伝助の顔を覗き込んでくる。その顔すらまともに見ることができない。後ろめたい気持ちで一杯だった。
「お梅さん、すまねえ…っ…」
 一言小さく言うと、伝助は店を飛び出し、長屋に戻った。あのときのように戸をぴしゃりと閉めてしまうと、その場に座り込む。頬を熱いものが伝い、土間に流れ落ちる。伝助の心は灰色に染まろうとしていた。美しくない色。懐にある粟餅のように。
(こんなやり方じゃあ駄目なんだ、もっと、もっと別の術(すべ)を見つけなけりゃ……)
 誰かの言いなりになって、何かに頼ってやるのでは意味がない。
 伝助は涙をぬぐう。もう、こんな粟餅はいらない。
粟餅を作るために、囲炉裏に吊るしていた鉄鍋を取り払おうとして、囲炉裏の中から赤いものが顔を覗かせているのが見えた。自棄(やけ)になってしまったときに投げ捨てたかんざしの玉が焼けずに残っていたのである。伝助は灰の中から玉を拾い上げた。
 部屋の片隅にはほこりまみれの道具入れ。伝助はその前に座り、ほこりをはらった。
「おいらみてえなシケた野郎にも、できることがあるかもしれねえ」
想い人の姿を頭に描く。赤い唇に白い肌。そしていつも椿油で手入れのされた豊富な黒髪。お梅のあの髪に似合う、あの娘好みのかんざしを作りたい。あまり大きすぎず、派手すぎない、かんざし。この灰の中から戻ってきた玉を使って、たった一つの、あの娘のためのかんざしを作るのだ。模様は名前にちなんだ梅にしよう。
伝助は幾日かぶりに、道具を取り出す。この日、明け方近くまで長屋の灯が消えることはなかった。


「伝助、いるんだろう。仕掛けはどうするんでえ?」
 いつものように外で丹治郎の声が聞こえた。
伝助は戸を開ける。早々と反応があったことと、思いのほか身なりが整っていたことに丹治郎は驚いたらしい。おう、と素っ頓狂な声を上げた。
「ちゃんと髪結い床に行ってきたんだな。例のものも仕込んだんだろ?」
「おいら、行かねえ」
 すぐに返ってきた答えに、丹治郎はため息をつく。
「すっかり諦めちまったって訳か。とんだ腰抜けだな」
「そうじゃねえよ、丹治郎」
伝助の目はいつものように泳がなかった。ゆっくりと息を吐き、話し始める。
「おいら、丹治郎みてえになりたかった。だから、あんたの言うこと聞いてりゃ……きっとお梅さんもなびいてくれると思ってたんだ」
 だから必死に熱い湯にも浸かったし、月代も剃った。着物と履物を新しく買った。
「茶屋であんたがおいら一人で行けって言ったとき心細かったけど、言うこと聞いたんだ。いもりの黒焼きを持ってきてくれたときも、おいら心底、嬉しかった」
これはありがたい、使うほかは無いと思った。使うべきだと考えた。うつむききがちに、伝助は告白する。
丹治郎は伝助の言葉に黙って耳を傾けていた。
「でも、いもりじゃ駄目だと思ったんだ。卑怯なやり方じゃあ、駄目だって」 
「せっかく手に入れて来てやったってのに、か?」
「ありがてえよ? でも、お梅さんの気持ちを捻じ曲げちまうなんて、それは違うと思ったんだ。だから、おいら、自分でやってみる。あんたの言いなりじゃなくって自分の力でお梅さんに言うんだ」
 懐からあのかんざしを取り出す。赤い玉には清らかな白梅の模様を細工して、遠くからでも良く見えるように。歪みや、傷のできないようにじっくりと作った。上品なあしらいには作り手の優しさが感じられる。
 かんざしを見た丹治郎の表情はとても穏やかなものだった。
「もし、おめぇが本当にあんなゲテモノを使う大馬鹿野郎なら、ぼこぼこに殴ってやろうと思ってたんだ」
「え……?」
「けど、使わなかったんだな、安心した。でもな」
 ぱん、と乾いた音が響く。伝助は頬がじんと痛くなった。何が起こったのか判らないまま突っ立っていると、丹治郎は言った。
「やっと自分で動く気になったか。ったく……はらはらさせやがってよう」
「はは……心配してくれてたんだなあ」
「当然だ。けどよ、今のお前ならお梅を任せられるな」
 伝助は目をぱちくりとする。丹治郎がにやっと笑った。
「俺はお梅と血を分けた兄妹だ。お前ぇが惚れたと言ったときにゃ流石に驚いたけどよう」
 伝助はやられた、と思った。人とあまり交わりたがらない気質から、丹治郎の身の上を聞いていない。本人もあまり言わなかった。
だが、思えば妙な部分は多々あった。この男は、自分がお梅を好きなのだと話したとき、とても驚いた顔をした。しかも、おなごに好かれ、当人もおなごに愛想を振りまく丹治郎がちっともお梅には関心を示していなかった。
 お梅が派手な模様を嫌うことも知っていた。そして、あの声を掛け損ねた日、店に入ろうとしなかったのは兄だとばれてしまわないようにするためだったのである。
 丹治郎は片目をつむってみせた。
「好きなおなごの兄貴が目の前にいるってのは、気が重くなっちまうだろ?」
「へへ……本当に、丹治郎にゃびっくりさせられてばっかりだな」
 伝助は鼻の頭をかくと、丹治郎に言った。
「でも、今度はおいらがあんたをびっくりさせるんだ」
 この男に変わった自分を見せるのだ。出来たばかりのかんざしをぎゅっと握り締める。もうすでに、伝助の胸はとくとくと速くなっていた。
「へえ、そいつは楽しみだな」
後悔しないように行って来い。と丹治郎は伝助の背をとんと叩いた。
「ああ」
 伝助は歩き出す。そこにいつもの内気で引っ込み思案な若者の姿はない。
そしてひとりで茶屋ののれんをくぐった。以前のおどおどしていた気持ちも、昨日の後ろめたい気持ちももうない。
伝助の心は、春に梅の花が咲いたときのように晴れやかだった。



<御礼>
学校で書いた小説を冊子に纏めるということで、表紙絵をつけて頂いた。遠く離れた九州の方。だけど、様々な巡り合わせで作品も絵も掲載されなくなってしまい、今に至る。
(素晴らしい絵を少しでも多くの人に見て頂きたかったなあ……)
そう思って過ごしていたら、念が通じて表紙絵の作者さんとの連絡がついたので、この場に掲載させて頂きたいという旨をお伝えし、こうしてイラストつきで小説をプチ発表することができた。ありがたいことです。

この作品を最後までご覧くださいましてありがとうございました。
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